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どうしても貸すときに読むページ最初に言っておきます。悩むような相手に貸すカネがあるなら、僕に寄付してください! という理由はこうであります。 必要に迫られてこのページを読もうとする9割以上の方は、最後まで読み終えたときに自分のカネに対する認識の甘さを痛感されると思う。 つまり、「僕に寄付しろ」というのは、人間関係を破壊する火種を撒くくらいなら見ず知らずの僕に寄付するほうが有意義だということ。 当事者としてこのページを見ているアナタがやろうとしていることは、それくらい無意味で無謀で非生産的な行為なのです。 何をクレサラバンクごときがクソ生意気なっ(怒)と思った方は読まなくて結構です。 貸すことに抵抗がない相手なら概ね問題ないそれ即ち、自己に余裕があり、貸す相手は親しい友人であるということ。余裕がある人は困ってる友人を見過ごしてはいけないと思う。 というか、そういう人はこのページを読んでいませんよね? 請求できない相手なら命がけで断れ請求できない主な理由は義理と上下関係。上下関係というのは先輩後輩上司部下のみならず取引の力関係や恩義も含みます。 結果的に請求できないカネはあげたのと同じなので、あげる余裕がなければ恐喝で訴えることも辞さない覚悟で断るべき。 その場しのぎの甘さがあると、さらに痛い目をみる。 恩義で貸してはいけない別項にも書きましたが、貸さぬも親切です。なお、恩義を感じてるなら貸すのではなくあげる、もしくはあげたのだと認識すべき。 泣きついてくる相手に貸してはいけない商売をやっている方はしばしば遭遇すると思います。ただ、「個人」に泣きついてくるということは、既に銀行はもとよりサラ金などの金融機関に見放されているといえます。 つまり、商売人が泣きついてくるときは既に終わっているわけです。 親しい相手に破産費用を出してあげたり住居の保証人になってあげることは有意義でしょうが、返済を期待して貸すのはドブに捨てるに等しいことを認識すべき。 ・・・そんなお金があるなら、マジで僕にください。 『オレが信用できないのか』とのたまわる相手は信用できないカネの貸し借りに限らずこのセリフが出てきた時点でアウトなのは社会の常識。借用書よりも担保をとれ一般的な商取引では法的な動産や不動産を担保にとりますが、個人間貸借では処分能力に限界があります。個人が負担なく処分できる動産は自動車くらいなので、担保とは主に人的担保=保証人を指します。 カネの受け渡し現場に保証人が同席すれば証人にもなるので貸借事実を否定されることはまずありえない。 もちろん保証人は自分がくみし易い相手に限定すべし。 利息はとらない様々な場面で揉め事の原因になります。それに、個人間の貸金に金利を要求する行為こそ非人道的であると僕は思います。 本人確認は必須貸す相手について、「何所何所で働いていて給料日はいつで、月収がこれくらいで家族構成はこんな感じ、趣味はこうこうで・・・」というくらい親しくもなければ改まった身元確認は絶対に必要。必要なものを羅列しておきます。
当然ですが、電話番号は着信なり104でウラをとる。 貸すアナタの覚悟はありますの?具体的に取り立てができるか否か?立場関係、費やすことのできる時間など、回収行為には膨大なエネルギーが必要です。 ちょっとキツイことを書いてしまうと、「返すアテもないのに借りるな」とはよく言いますが、回収できないのに貸すのはそれ以上に愚かな行為です。 『↑そこまでする必要ないんでない』と思う人にカネを貸す資格はないこれらのことを軽視している人に限って貸し借りのトラブルが発生します。本当は貸したくないから悩んでいるのであり、悩んでいるからこのページを見ているのですよね? 払えなくなってアナタの手を煩わせるのはほぼ確実なのです。 結局、カネの貸し借りをナメてた報いは回収不能というカタチでアナタに跳ね返ってきます。 人間、いよいよ追い込まれると途方もない能力を発揮するもので、浮ついた日常の延長で接するとアッサリ裏切られます。 裏切りは少々語弊もありますが、意識のギャップがあると必ず誤解が生じます。 借りる側は必死です。 だから、あなたももっと真剣になって考えるべし。 関連リンク2005/8/20 初版
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